【名建築で過ごすひととき】 #2 歴史が息づく空間を味わう

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  • 公開日:2025.08.27

時代を超えて受け継がれてきた建物には、独特の趣と存在感があります。ただ眺めるだけでなく、実際に滞在し、肌で感じ、背景を知ることで、その魅力はさらに深まるもの。今回は、そんな“体験する建築”として訪れたい、歴史ある建物をご紹介します。

写真:障子や欄間の組子細工が美しい「四万温泉 積善館」の客室。

港町の記憶を宿す
空間に浸る

昆布倉庫としての役目を終えた建物を、当時の趣を残したまま保存・改修してホテルに。地域の人々や観光客に親しまれる存在として、その魅力が受け継がれている。

幕末期に横浜・長崎と並び、日本で最初に開港した貿易港のひとつ、函館港。異国情緒あふれる街並みが今も残る港周辺は、現在「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

そんな港町のシンボルともいえるのが赤レンガ倉庫群。かつて交易で栄えたこの地を象徴する倉庫建築のひとつを修復し、わずか9室のホテルとして再生したのが「NIPPONIA HOTEL 函館 港町」です。

建物は耐火性と定温性を兼ね備えたレンガ造りで、100年以上前に昆布倉庫として使われていたもの。柱や梁、レンガ壁などをできる限り保存しながら保存・改修し、当時の面影を感じられる情緒豊かな空間に仕上げています。

ダイニングでは、地元の新鮮な魚介を使ったフレンチを楽しむことも。シェフと一緒に魚市場へ出かけ、買い付けた魚をホテルに持ち帰って朝食にする「魚市場ツアー」(※水曜日・日曜日のチェックイン限定、1日1組)も用意されています。

函館運河がほど近く、過去と現在が交差するこの場所で、港町ならではの特別な体験が叶います。

湯けむりとともに、
建築の変遷をたどる

アーチ型に大きく取られた窓から降り注ぐ自然光が美しい「元禄の湯」。当時は大きな浴槽が一般的ではなかったため、タイル張りの床に5つの湯船が並ぶ造りになっている。

群馬県・四万川(しまがわ)のほとり。風情ある温泉街の一角、赤い橋を渡った先に「四万温泉 積善館(せきぜんかん)」はあります。創業は1694(元禄7)年。「本館」は現存する日本最古の木造湯宿建築とされ、かつての湯治場の佇まいを今に伝えています。

館内に足を踏み入れると、まず目に入るのは重厚な梁や柱。300年以上前の旅人と同じ空間を共有している、そんな実感が自然と湧いてきます。

積善館の象徴といえば、1930(昭和5年)に造られた「元禄の湯」。西洋のホールを思わせる、大正ロマネスク様式の浴場には、当時のモダン建築の美意識が息づいています。

また、脱衣所と浴室が一体となっていたり、お風呂のルーツともいわれる「蒸し湯」があったりと、昭和初期の入浴文化を垣間見ることもできます。

積善館は複数の建物からなり、山の斜面に沿ってトンネルや階段でつながっています。なかでも、「本館」から「山荘」へと続く「浪漫のトンネル」は幻想的な雰囲気が漂い、まるで映画のワンシーンのよう。

1936(昭和11)年に建てられた「山荘」は、華やかな桃山様式を取り入れた木造建築で、「元禄の湯」とともに国の登録有形文化財に指定されています。客室ごとに模様が異なる「組子障子」など、随所に光る職人の技も見どころです。

意匠や構造、設備を通して、それぞれの時代の空気を肌で感じることができます。

百貨店建築にみる
装飾と構造美を堪能

大阪・なんばのランドマークとして、時代を超えて愛されてきた「髙島屋東別館」。アール・デコ調の装飾が施されたクラシックな三層構成の外観が存在感を放つ。

商都・大阪を象徴する商業エリア・堺筋に建つ「髙島屋東別館」。戦前の百貨店として最大級の規模を誇り、現在はホテルや飲食スペースなどを備える複合施設として活用されています。

建物は1928(昭和3)年に「松坂屋大阪店」として竣工しました。1階ホールの大理石の大階段跡をはじめ、創建当時の意匠や構造がよく残されており、近代日本の百貨店建築を知る上でも貴重な存在です。その歴史的価値が認められ、2021年には国の重要文化財に指定されました。

設計を手がけたのは「百貨店建築の名手」と称され、夏目漱石の義弟としても知られる建築家・鈴木禎次。ヨーロッパ歴史様式を基調に、アール・デコ調の華やかな装飾を取り入れた意匠が特徴です。アカンサスの葉をモチーフとして多用し、細部に至るまで丁寧に施した意匠が訪れる人々を魅了します。

館内にあるホテル「シタディーンなんば大阪」では、昭和初期の百貨店建築の華やかな意匠を継承しながら、客室は木の温もりを感じるモダンなデザインに。特に2階の客室は、アーケードのアーチを生かした窓が印象的な空間を演出しています。

また、建築の歴史や当時の百貨店文化を学べる館内ツアー(シタディーンなんば大阪宿泊者優先)も開催されています。「髙島屋史料館」の学芸員がガイドを務め、通常は非公開のエリアを見学することも。往時の姿を色濃くとどめる建築美に触れ、実際に滞在することで、百貨店建築の奥深さと歴史を体感することができます。

建物にはその土地・その時代を生きた人々の記憶が息づいています。時には歴史が刻まれた空間に身をゆだね、そこに流れていた時間に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。そんなひとときが、きっと心に余裕をもたらしてくれるはずです。