【名建築で過ごすひととき】 #1 静けさに包まれる学びの空間

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  • 公開日:2025.08.20

世界的建築家フランク・ロイド・ライトが手がけた「自由学園明日館」。大正時代に女学校の校舎として誕生したこの建物は、使いながら残すという「動態保存」の手法で守られ、今なお多くの人々に開かれています。近代建築の名作を訪ね、その空間に息づく魅力をたどります。

Photographs: Yuko Kawashima

名建築の誕生と背景をたどる

都会の静寂に佇むレトロ建築

池袋駅から徒歩わずか5分。街の賑わいを抜けた先、閑静な住宅街の一角に、シンメトリーの端正な建物が現れます。近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトが設計した「自由学園明日館」です。

軒を低く抑え、水平ラインを強調した建物が、土地との一体感を生む「プレーリースタイル(草原様式)」は、ライトが確立した建築様式。幾何学模様の窓装飾や大谷石の敷石など、ライト建築ならではの意匠が随所に施されています。

建物には4つの玄関がある。生徒と教職員の区別なく自由に出入りできるようになっているのは当時の校舎としては画期的で、まさに「自由の精神」を象徴する設計。

教育理念に寄り添った設計

自由学園は羽仁もと子・吉一夫妻が創立した女学校として、1921(大正10)年に誕生します。日本初の女性ジャーナリストであるもと子は、「生活即教育」という理念のもと、生徒が自ら考え、行動する力を育む教育を目指していました。

当時、帝国ホテルの設計のために来日していたライトは、その理念に共鳴。校舎の設計を引き受け、「簡素な外形のなかにすぐれた思いを充たしめたい」という夫妻の願いをかたちにしていきました。

時代を超えて受け継がれる建物に

設計依頼からわずか3カ月後の1921年4月15日、26人の1期生を迎えて第1回の入学式が行われました。未完成の校舎での船出でしたが、授業と並行して建設が進み、翌年には中央棟と西教室棟が完成。

ライトの帰国後は助手の遠藤 新が引き継ぎ、東教室等を完成させます。また、遠藤は生徒数の増加に合わせて大人数が収容できる講堂を設計しました。

1934(昭和9)年には学園が東久留米に移転したため、校舎として使われたのは13年間。旧校舎は「明日館」と名を改め、卒業生の活動拠点として新たな役割を担うことになります。

第1回の入学式が行われた教室はその年にちなんで「Rm1921」と名付けられた。当時の教室には照明がなく、生徒たちは自然光で学んでいたという。

建物を巡って知る、空間設計と意匠へのこだわり

ホールに広がる、光と空間演出

建物の中心に位置するホールは、女学校時代には毎朝の礼拝が行われていた場所。ホールに至るまでの天井は意図的に低く抑えられ、大窓全体が視界に入る位置で空間が一気に広がる「トンネル効果」によって、訪れる人に静かな高揚感をもたらします。

南側の大窓は明日館のシンボル。ステンドグラスの代わりに木枠や桟を幾何学的に配したデザインで、工費を抑えながらも、豊かな光を演出しています。

窓の一部には当時の吹きガラスが今も残されており、独特のゆらめきが見られる。六角形の背もたれを持つ椅子も当時のもの。建築と家具の調和を重視したライトの美学を感じさせる。

団欒の場には暖炉を

ホールに据えられた暖炉は、ライトが重視した“囲炉裏”のような存在でした。団欒の象徴として建物の中心に置かれたこの暖炉は、現在も冬季の夜間見学や催事の際に火が焚かれることがあります。

暖炉に使用されている大谷石は、ライトが帝国ホテルの設計の際に日本の石材の中から選定したもの。柱や階段、敷石などとして明日館にも多用され、日本文化との融合を重視したライトの精神を感じさせます。

ホール西側の壁画は創立10周年を記念し、美術教師の指導のもと生徒たちが描いたもので、旧約聖書「出エジプト記」がモチーフ。

建物を“使う”ことで、後世へつなげる

「生活即教育」を体現した食堂

中央棟2階の食堂は、羽仁夫妻の教育理念を象徴する空間です。生徒たちは当番制で昼食を用意するなど、学校生活においてさまざまな役割を担っていました。全校生徒がともに囲む温かい食事は、「生活そのものが教育」という理念の実践そのものです。

現在は見学者のための喫茶スペースとして利用され、コーヒーや紅茶、焼き菓子を楽しみながら、光と幾何学が織りなす空間美を堪能することができます。

幾何学的な装飾の照明もライトがデザインしたもの。後に生徒数の増加に対応し、元はバルコニーだった部分を遠藤が小部屋へと改修した。

「動態保存」という文化財のかたち

関東大震災や戦災を免れた明日館は、1997(平成9)年に国の重要文化財に指定されました。保存修理工事を経て、現在は一般公開されており、公開講座や結婚式、イベント会場としても活用されるなど、「使いながら残す」という動態保存により、建物としての価値と機能を両立しています。

公開講座のジャンルは建築・デザイン、芸術・文化、趣味・実用など多岐にわたり、誰でも受講可能。かつて女学生たちが学び、過ごしていたこの空間を、現代の「学び舎」として体験することができます。

講堂は限られた資材で広い空間をつくるため、効率的かつリズミカルな構成を採用。週末は結婚式やコンサート、ファッションショーなどの会場としても利用されている。

100年以上の時を重ね、今もなお学びと発見をもたらしてくれる「自由学園明日館」。静けさと光に包まれた名建築の中で過ごすひとときは、きっと心に残る体験となるはずです。次回は、旅の目的地にしたくなる、非日常を味わえる歴史的建築をご案内します。

  • INFORMATION

    自由学園明日館

    東京都豊島区西池袋2-31-3
    通常見学:10:00〜16:00(15:30までの入館)
    休日見学:10:00〜17:00(16:30までの入館)※月1回指定日
    夜間見学:毎月第3金18:00〜21:00(20:30までの入館)
    休館日:月・他不定休あり、要事前確認
    https://jiyu.jp/