【街と森、つながる暮らし】 #3 木がつなぐ、山と街の未来

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  • 公開日:2025.06.25

東京の西端・檜原村を拠点に林業を営む「東京チェンソーズ」は、従来の林業の枠を超えた取り組みを行っています。今回は、創業メンバーの一人である木田正人さんに、林業を通じて見えてきた、山と私たちの暮らす街との関わりについて伺いました。

Photographs: Hideki Otsuka

木を育て、山を守る、林業のしごと

東京チェンソーズ提供

木を「植える」ところから始まる

私たちの暮らしには、住まいや家具、道具など、さまざまなかたちで「木」が使われています。しかし、その木がどこで、どのように育ってきたのかを知っている人は、意外と少ないかもしれません。

「木も野菜やお米と同じように、手間ひまをかけて育てる必要があります」と木田さん。春になると、山に苗木を植えることから始まり、夏には雑草に負けないよう下草刈りを行います。その後も、枝打ちや間伐などの手入れを続け、木が健やかに育つ環境を整えていくそう。

木が木材として適した大きさになり、伐採して収穫できるようになるまでには、50〜60年という長い年月がかかるといいます。

東京の都心から車で約2時間。檜原村は90%以上が山林に覆われ、そのうち約6割を人工林が占める。森林資源が豊富で、かつては炭焼きが盛んに行われていた。

林業の歩みと、山の「今」

檜原村をはじめ、日本の人工林の多くは、戦後の復興期に植えられたスギやヒノキです。建築用材の需要に応えるため、国の政策で、それまで山に自生していた広葉樹が伐採され、植え替えられていきました。

それから約70年。今、その木々は伐採の時期を迎えているのだとか。ところが、現場は簡単に対応できる状況ではないと木田さんは語ります。

「木はあっても伐る人がいなかったり、木を運び出す道がなかったり、といった問題が各地で起きています」とのこと。林業の担い手は減り続けていて、国産材をもっと使おうという声はあるものの、せっかく育った木の多くが山に眠ったままになっているのが現状です。

木を使ってつなぐ、持続可能な山と街の循環

東京チェンソーズ提供

木を「使う」ことで、山も街も守られる

人工林は「伐って、使って、また植える」ことを前提につくられています。この循環がうまく回らなくなると、山は荒れ、光が届かず木が育たない環境となり、倒木や土砂災害のリスクも高まります。

「山の健全さは、街の暮らしにも深く関係しているんですよ。木の葉や枝を伝って落ちた雨は、ふかふかの土に吸い込まれ、時間をかけてきれいな水となり、地下に蓄えられます。その水は川を流れ、水道水や飲料水となって街の人々の生活を支えているのです」と木田さん。

つまり、「木を使うこと」は、山を守るだけでなく、街の安全や私たちの暮らしそのものを守ることにもつながっているのです。

1本の木を、まるごと活かす

通常、伐った木のうち建築材として使えるのは、まっすぐな幹の部分だけ。枝や先端、根など、半分近くが山に放置されています。

しかし、木はどの部分にも、それぞれに個性や美しさがあります。

「私たちは『1本まるごと販売』として、枝や根まで活かす取り組みを行っています。たとえば、枝は装飾に、根はガラスの天板をのせてテーブルに。これまで捨てられていた部分にも新たな価値を見出すことで、山からの恵みを無駄なく活かしています」

東京チェンソーズ提供

〈Brillia City 西早稲田(2022年竣工/分譲済)〉のモデルルームでは、檜原村で伐採したケヤキの枝が天井の装飾として使われ、インテリアに自然の造形美と温もりを添えた。

木のふるさとを知ると、森との距離が縮まる

東京チェンソーズ提供

街に暮らす人と山をつなぐために

もっと多くの人に、森や木のことを知ってもらいたい。そんな思いから、東京チェンソーズは街での広報活動にも力を入れているそう。

環境イベントに出展したり、丸太切り体験や木のスプーンづくりなどのワークショップを開催したり。実際に木に触れ、香りを感じ、手を動かしてもらう。そんな小さな体験を通して、「山へ行ってみたい」と感じる人が増えているといいます。

「整備した森林を企業研修や教育・遊びの場としても活用してもらう取り組みも行っています。大人も子どもも、木や森との距離が少しずつ近づいていく。そのきっかけを、私たちは大切にしています」

木や水のふるさとを想像してみる

野菜やお米には産地の意識があるのに、木や水になるとその感覚が薄れてしまいがちです。私たちが普段の暮らしの中でできることとは?

「木製品を購入する際には、どこから来たものか考えてみてください。『これは東京の木』『これは○○の木』と知るだけで、ぐっと身近に感じられるようになりますよ。

また、みなさんの飲んでいる水のふるさとはどこでしょう? 東京の水源である多摩川や荒川の上流には、檜原村や奥多摩、秩父などの森が広がっています。地図を広げて、森に降った雨が山を潤し、川を流れて、やがて自分のコップに注がれる様子を想像してみてください。きっと、木や森との距離が少し縮まるはずです」

東京チェンソーズの社有林付近から望む新宿副都心。社有林は山仕事の現場であると同時に、会員制の本格的アウトドア森林フィールド「MOKKI NO MORI(モッキノモリ)」としても開かれており、キャンプなどの自然体験を楽しめる。

林業は山の中だけの仕事ではありません。私たちの暮らしとも、深くつながっていました。日常生活の中で見過ごしがちな自然の存在や役割に気づくことで、見える風景が少しずつ変わり、日々の暮らしがより豊かに感じられることでしょう。

  • PROFILE

    木田正人さん
    東京チェンソーズ

    1966年、青森県弘前市出身。日本大学農獣医学部卒。雑誌記者、書店勤務を経て林業の世界へ。森林組合で経験を積み、2006年7月に仲間と共に林業会社「東京チェンソーズ」を創業。森林整備と広報を担当する。
    https://tokyo-chainsaws.jp/