【おいしい発酵生活】#2 地域の食文化を継承する

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  • 公開日:2024.12.11

山梨県甲府市で代々醸造業を営む〈五味醤油〉の「手前みそ教室」は予約がすぐ埋まるほど好評。みそづくりのワークショップなどを通じて発酵文化を伝える、六代目の五味 仁さんと妹の洋子さんに、その活動についてお聞きしました。

Photographs: Yoshiharu Otaki

みそづくりが
年中行事に

「手前みそですが…」という言葉があるように、昔はどこの家庭でも手前(自家製)みそをつくるのが普通で、それぞれ味わいや風味が異なり、まさに「家庭の味」でした。そんな手前みそ文化を残していくため、「食」と向き合うきっかけづくりとして、手前みそ教室は開催されています。

元々、公民館や小学校などに出向いて催していましたが、だんだん回数が増え、食にまつわるイベント用のスペースとして〈KANENTE〉を建てたのが2016年のこと。毎年12月から4月の間、ここで週4回ほど開催する教室に、幅広い年齢層の方が参加しているといいます。

「うちの教室では大豆が煮てある状態からスタートで、みなさんにやってもらうのは混ぜて、こねて、丸めるだけ」と洋子さん。初めてでも失敗なくできて、参加した人は満足げに帰るそう。

仕込んだみそは持ち帰って各自で発酵を管理してもらい、食べられるのは半年後。おいしくできたら配りたくなるようで、お裾分けしてもらったみそがおいしかったから、と教室に来る方も多いのだとか。

みそづくりのキットも販売しているので、教室で作り方を覚えたら、2年目からは自宅でつくってもらうことを想定していたという二人。ところが、教室を続けていて、リピーターが多いことに驚いたといいます。

「毎年ここに来てみんなで仕込みたいという方が多いのは発見でした。ここではもう8年続けていて、みそづくりがみなさんの年中行事になっているみたいです」(洋子さん)

「手前みそ教室」では各々4kgのみそを仕込む(写真提供:五味醤油)

地域の食文化を
守るために

「発酵・醸造業の一番の課題は跡継ぎと設備投資」と語るのは仁さん。昨年県内のみそ屋が、また、4年前には近所で300年くらい続いていたこうじ屋が廃業したのも、後継者不足が理由だったそう。

「廃業したこうじ屋さんのお客さんがうちにこうじを買いにくるようになって、この辺りは割と街中なのに、こんなにも大勢の方がまだ自宅でみそをつくっていたのかと驚きました」(洋子さん)

「お客さんが増えるのはうれしいけど、正直うちのこうじでいいのかなという気持ちもあります。こうじが違うとみその味が変わってしまうので」(仁さん)

市内にもう1軒残っているこうじ屋と〈五味醤油〉が廃業すると、その方たちがみそを仕込めなくなってしまうかもしれないので、頑張って続けていきたいと仁さんは語ります。

〈五味醤油〉では現在、みそづくりに使う大豆を茹でる大きな釜を新設するため、みそ蔵を改装しているところ。

「実はみそ屋をやめて、教室とこうじづくりに専念するという選択肢もあったんです。最適化という意味ではそのほうがいいんでしょうけど……。100年後も家業が続いていくことをイメージすると、いま縮小すべきではないと、設備投資することを決めました」(仁さん)

「うちみたいな規模が小さいところは、続けていくこともギリギリだったりする中で、未来に向かって投資できるのはありがたいことだと思います」(洋子さん)

改装を控えたみそ蔵の一角。長年使ってきた釜を取り替えるのは名残惜しい気持ちも。

発酵文化を広げる
「手前みそ」のチカラ

「私たちが製造している甲州みそは歴史があって希少で、世に誇れるものなんですが、甲州みそだけが注目されるようではダメなんじゃないかと思うんです」と語る仁さん。

地域に根ざす発酵文化である手前みそ文化を守っていくためにも、みそ全体に光が当たるようなアプローチが必要だと考えているそう。その一つがみそづくりの教室などのワークショップです。

みそはスーパーなどで簡単に買える時代。わざわざ自分でつくる必要はないのにもかかわらず、近年、みそづくりをする方が増えているのだとか。

発酵ブームがあったり、震災を機に食への意識が高まったりで発酵食品や手作りに興味を持った方はもちろん、単にみそづくりが楽しくて教室に通う方も。教室終わりに来年の予約をしていく方や、家族や友人を大勢連れてきてくれる方もいて、毎回参加者の熱量には驚かされているという二人。

「昔は家族や親戚が集まって、1年分をみんなで仕込んでいて、お祭り的な楽しさがあったみたいです。みそづくりには潜在的に“楽しい!”と思わせる力があるような気がしますね」(洋子さん)

ある年齢以上の方にとっては「懐かしい」「おばあちゃんがつくってたよ」と、教室では思い出話が自然に始まるといいます。

「日本人のDNAには“みそ欲”が刻まれているんじゃないかな(笑)。だから、各家庭でつくる手前みそに可能性を感じているんです。私たちはそれをお手伝いしているだけなんですが、そんな魅力的なことが家業でよかったなって、つくづく思います」(仁さん)

TIPS

おみそ汁以外にも活躍!
みそ屋が教えるおいしい食べ方

五味家でよくつくるのは焼きおにぎり。表面を焼いたおにぎりに、みりんで溶いて少しやわらかくしたみそを塗り、少し焦げ目がつくまで焼いていただきます。「甲州みそには麦が入っていて香りがいいので、無限にお米を食べられそうなくらいおいしいですよ」と洋子さん。

また、みそは冷凍庫で保存するのがおすすめ。塩分濃度が高いので凍らずそのまま使え、風味も落ちません。

みそを自分の手で仕込んでみると発酵がより身近に感じられます。まずは気になる地域のみそや発酵調味料を取り寄せることから始めてみても。次回は毎日の食卓に発酵食品を手軽に取り入れる簡単レシピをご紹介します。

  • PROFILE

    五味 仁さん・五味洋子さん

    共に東京農業大学醸造科学科を卒業後、それぞれ修業期間を経て家業を継ぐ。〈五味醤油〉六代目の兄と妹で「発酵兄妹」を結成し、みそづくりのワークショップやYBS山梨放送のラジオ番組「発酵兄妹のCOZY TALK」など、さまざまなフィールドで発酵・醸造文化の魅力を楽しく伝える活動を行っている。
    https://yamagomiso.com