甲府市内で代々醸造業を営む〈五味醤油〉は、天然醸造で甲州みそとその原料のこうじを製造しています。天然醸造とは微生物の自然な働きに任せる昔ながらの製法のこと。
みそは蒸した大豆を潰して塩とこうじを混ぜ、6〜10カ月発酵・熟成させてつくりますが、〈五味醤油〉のみそは現代では希少な木桶仕込み。木桶や蔵の中に昔から棲みついている酵母菌や乳酸菌が、豊かな風味を醸し出しています。
“発酵大国”ともいわれる日本。豊かな食生活を支える発酵文化の一端に触れるため、明治元年より150年以上にわたり、山梨県甲府市で醸造業を営む〈五味醤油〉を訪ねました。
Photographs: Yoshiharu Otaki
山梨の風土と先人の工夫が生んだ「甲州みそ」
甲府城址から見晴らす甲府市街。四方をぐるりと山に囲まれている。
甲府市内で代々醸造業を営む〈五味醤油〉は、天然醸造で甲州みそとその原料のこうじを製造しています。天然醸造とは微生物の自然な働きに任せる昔ながらの製法のこと。
みそは蒸した大豆を潰して塩とこうじを混ぜ、6〜10カ月発酵・熟成させてつくりますが、〈五味醤油〉のみそは現代では希少な木桶仕込み。木桶や蔵の中に昔から棲みついている酵母菌や乳酸菌が、豊かな風味を醸し出しています。
みその原料は大豆・こうじ・塩。大豆に米こうじを混ぜると「米みそ」に、麦こうじを混ぜると「麦みそ」に、豆こうじを混ぜると「豆みそ」になります。
大きく3種類に分類されますが、地域の特色を反映した多種多様なみそが各地でつくられています。中でも、武田信玄のお膝元・山梨で食べられているのは米こうじと麦こうじを両方使った珍しい甲州みそ。
甲府盆地とこれを囲む山地からなる山梨は傾斜地が多く、寒暖差も激しいため、稲作に適さない土地でした。戦国時代、保存が利いて栄養価が高いみそは兵糧として重宝されており、米の不足を補ってみそを増産するために、信玄の号令のもと米の裏作で麦が育てられたと伝えられています。
このような背景で生まれた甲州みそは、山梨の郷土料理ほうとうに欠かせない存在。甲府市内にある〈ほうとう⾦峰〉では、〈五味醤油〉が仕込んだ甲州みそを使ったほうとうが味わえます。
日本の発酵食品の要「こうじ」ができるまで
「こうじ」とは米・麦・大豆といった穀物に、カビの一種である「こうじ菌」を繁殖させたもの。こうじ菌が繁殖するときに出す酵素が、みそをはじめ、醤油や酢、みりん、日本酒などを発酵させます。まさに日本の食卓を支えるこうじ菌は日本の“国菌”として認定されています。
米こうじづくりの工程。〈五味醤油〉では冬場は毎日240kgの米を使って仕込む。
米こうじは蒸した米にこうじ菌を繁殖させてつくります。1日目は洗米と浸漬。洗った米を約15時間水に浸して吸水させます。2日目、約1時間かけて水切りしてから圧力鍋へ。約1時間後、蒸し上がった米を道具を使って広げ、塊を手でほぐしながら冷まします。
こうじ菌が活動しやすい温度は人肌のため、職人の手で感じる温度が頼り。
人肌より温かいくらいの温度まで下がったら種付け。元種(少量の蒸し米にこうじ菌を生やしておいたもの)を全体に混ぜ合わせていきます。種付け後はこうじ室(むろ)へ。こうじ菌が増殖する際に菌糸が伸びて米粒同士がくっついてしまうため、時々塊をもみほぐしながら寝かせます。発熱もするので温度管理が重要です。
種付けした後は機械に通して塊をほぐし、バラバラの状態にしてから寝かせる。
3日目は広いこうじ室へ移動。繁殖が活発になったこうじ菌は多くの酸素を消費し、熱や水分を発生させるため、薄く広げてこうじ菌が活動しやすい環境を整えます。菌が満遍なく生えるように厚みは均等に。4日目、温度が32度になったらこうじの完成です。
こうじ室には腐りにくくて虫がつかないといわれる杉材が使われている。
できあがったこうじは4日かけて乾燥させます。温度が60度を超えると酵素の働きが失われてしまうため、低温でじっくり乾かします。洗米から製品になるまで計8日間。こうじづくりは、生き物であるこうじ菌が繁殖しやすい温度・湿度・水分をいかに整えるかがポイントです。
「発酵」とは微生物(細菌・酵母・カビなど)の活動によって、人間にとって有益な変化が起きること。反対に有害な場合は「腐敗」となります。日本の発酵調味料に欠かせないこうじ菌もカビの一種です。
食品が発酵することで、❶保存性、❷栄養価、❸おいしさ(旨みや香り)が高まります。さらに、発酵食品を摂ることで腸内環境の改善や抗酸化作用など、さまざまな健康効果が期待できます。
「こうじなどがつくってくれた栄養豊富なものを、消化しやすい形で簡単に摂れるのが醍醐味」と語るのは五味醤油6代目の五味 仁さん。「まずは1カ月、発酵食品を取り入れた食生活を続けてみてほしいですね」
風土や歴史に深く根ざす発酵食。各地に息づく発酵文化を知ることで、その土地の暮らしを知ることができます。次回は食の体験を通して発酵文化を伝える〈五味醤油〉の活動をご紹介します。
五味醤油
明治元年の創業時より変わらぬ製法で甲州みそを製造。現在、社名にある醤油の製造はやめており、〈五味醤油〉という名のみそ屋であり、こうじ屋でもある。みそを醸造する蔵に隣接する直営店では、みそやこうじのほか、こだわりの調味料などもセレクトして販売。
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