水が命を支える理由
人間の体は約6〜8割が水分でできています。水は栄養分を全身に運び、老廃物を排出し、体温調節や呼吸にも欠かせません。
水分補給ができない状態が続くと、脱水はあっという間に進みます。体重の2%の水分を失うだけで喉の渇きや食欲低下が起こり、6%で頭痛やめまい、10%に達すると筋肉の痙攣や意識障害、腎不全など、重篤な状態に陥る可能性があります。
災害直後は疲労やストレスが重なり、体調を崩しやすい状態です。だからこそ「水を切らさないための備え」は、文字通り命綱なのです。
「水がなければ、人は数日しか生きられない」と言われるほど、水は命に直結する存在です。災害で水道が止まると、想像以上の早さで水不足に陥ります。飲み水はもちろん、料理や手洗いなど、生活のあらゆる場面で必要になる水。そんな水をどう確保し、どう使うか。家庭でできる水の備えと、節水の工夫についてお伝えします。

人間の体は約6〜8割が水分でできています。水は栄養分を全身に運び、老廃物を排出し、体温調節や呼吸にも欠かせません。
水分補給ができない状態が続くと、脱水はあっという間に進みます。体重の2%の水分を失うだけで喉の渇きや食欲低下が起こり、6%で頭痛やめまい、10%に達すると筋肉の痙攣や意識障害、腎不全など、重篤な状態に陥る可能性があります。
災害直後は疲労やストレスが重なり、体調を崩しやすい状態です。だからこそ「水を切らさないための備え」は、文字通り命綱なのです。
子どもは発汗や呼吸によって失われる水分の割合が高い一方で、自覚が乏しいため、気づいたときには脱水が進んでいることも少なくありません。また、高齢者は加齢によって体内の水分が減っており、「トイレに行きたくない」と水分を控えがちです。さらに、感染症対策などでマスクをしていると、蒸れによって喉の渇きを感じにくくなり、水分補給の回数が減ってしまうことも。
脱水のサインは、喉や口の渇き、皮膚の乾燥、頭痛、発熱、気分不良など。進行すると痙攣や意識障害を起こすこともあります。「食欲がない」「なんとなく機嫌が悪い」といった小さな変化を見逃さず、周囲が定期的に声をかけて水分補給を促すことが大切です。


最低限の目安は、大人1人あたり1日3L(飲用2L+生活用1L)です。これを10日分とすると、1人あたり30L。4人家族では120Lとなり、2Lペットボトルで60本分にもなります。数字にすると、想像以上の量だと感じる方も多いでしょう。実際、これだけの水を備蓄できている家庭は、決して多くはありません。
一般的には、10〜14日分の備蓄が推奨されています。【地震10秒診断】などのサイトを活用すると、お住まいの地域の断水期間の目安を調べることができます。その期間を想定し、自分の家庭に必要な水の量を知ることが、備えの第一歩です。
備蓄のポイントは、一カ所にまとめないこと。ベッドの下、クローゼットの中、廊下など、複数の場所に分散して置いておけば、家具が倒れた場合でも取り出しやすくなります。サイズも、500ml・1L・2Lなど複数揃えておくと、用途に応じて使い分けができて便利です。
また、ローリングストックを取り入れ、普段の飲用で使った分を買い足すサイクルをつくっておけば、消費期限切れも防げます。長期保存水を一部取り入れるのも、一つの方法です。


大規模な災害時には、自治体が給水所を設置します。給水所の場所をマップやアプリで確認しましょう。また、SNSで自治体、消防、自衛隊などをフォローしておくと、最新情報を得やすくなります。
水を運ぶ際は、バケツよりもリュックがおすすめです。リュックの中にゴミ袋を入れ、そこに水を入れて背負えば、両手が空いて階段でも安全に運べます。停電時にはマンションのエレベーターが使えないことも忘れないでください。
東日本大震災の際には、避難所となった学校のプールの水を汲んだり、バケツに雨水を溜めたりして、生活用水として活用していました。キャンプ用のウォータータンクなどがあると貯水に便利です。
私たちが普段の生活で使っている水の量は想像以上です。以前、かなり節水を意識して生活した1日の水の使用量を測ってみたところ、一人暮らしで264Lも使っていました。まずは、自分がどれくらい水を使っているか知ることが、節水と防災につながります。
災害時は、限られた1Lの生活用水をどう使うかが問われます。私はペットボトルのキャップにキリで小さな穴を一つ開け、簡易シャワーとして使っています。少量でも勢いよく水が出るため、洗浄力があり、節水にもなります。また、野菜のゆで汁や米のとぎ汁を、食器洗いや掃除に再利用するのも有効です。
「どれだけ備蓄するか」だけでなく、「どう使うか」まで考えること。その意識が、災害時に家族の命を守る確かな力となります。


辻 直美さん
国際災害レスキューナース
一般社団法人育母塾 代表理事。国境なき医師団の活動で上海に赴任し、医療支援に従事。帰国後は看護師として勤務する中で阪神・淡路大震災を経験し、実家の全壊をきっかけに災害医療の道へ。国際緊急援助隊医療チーム(JMTDR)で救命救急に携わり、レスキューナースとして活動。現在はフリーランスナースとして、国内各地で講演や防災教育を行い、要請があれば被災地支援にも従事。著書に『レスキューナースが教える 最強版 プチプラ防災』(扶桑社刊)など。