近年、社会課題の解決を目指して事業を展開するソーシャルビジネスが注目を集めています。「ともに創り、社会を前に進めよう」という理念を掲げ、多様な人々との共創に取り組むPLAYWORKSのタキザワケイタさんに、多様性時代に求められている「インクルーシブデザイン」についてお聞きしました。
タキザワさんが手がけた「ロービジョン体験メガネ」は、さまざまな“見えなさ”を疑似体験できる。ワークショップなどをとおして当事者視点を持つことも、インクルーシブデザインのプロセスの一つ。
撮影:Hideki Otsuka
“未知の世界のプロ”と共に創造する
近年注目されている「インクルーシブデザイン」とは何でしょうか?
タキザワさん:最近メディアでも取り上げられるようになってきましたが、まだ聞いたことのない方も多いと思います。簡単に言うと、従来の製品やサービスにおいてメインターゲットになりにくい人々を、「リードユーザー」として企画や開発のスタート段階から巻き込んでいく手法のこと。障がいのある方や高齢者、妊婦さん、外国人など、あらゆる人がリードユーザーになり得ます。
僕らはリードユーザーのことを「未知の未来に導いてくれる人」だと考えていて。たとえば、朝起きたときに突然目が見えなくなっていたら、僕なら何もできません。でも、生まれつき全盲の方はそれで当たり前に生活している。“光のない世界のプロ”なんです。そういった僕らの知らない世界の専門家たちとの共創で、これまでにない新たな価値を生み出すことを目指しています。
参考:PLAYWORKS資料
「ユニバーサルデザイン」との違いは?
タキザワさん:インクルーシブデザインとよく比べられる概念ですが、どちらも「誰にとっても使いやすい、わかりやすいものをつくろう」というもので、目指している世界は同じです。ただ、アプローチ方法が異なります。
これまでの社会環境は健常者を前提としてつくられていることが多いんですね。だから、たとえば、車椅子ユーザーのためにスロープを設けたり、視覚障がい者のために点字ブロックを設置したりする必要があります。そういったユーザーとして想定されていない人々の「ために(=for)」行うのがユニバーサルデザイン。一方、インクルーシブデザインは多様な背景を持つ人々と「ともに(=with)」行うというところが特徴です。
(左)撮影:Hideki Otsuka/(右)参考:PLAYWORKS資料
(上)撮影:Hideki Otsuka/
(下)参考:PLAYWORKS資料
ひとりの想いからつながる未来
インクルーシブデザインはどのように実践されているのでしょうか?
タキザワさん:障がい者を対象としたプロジェクトだと、どうしても「困りごと」を聞いて改善しようとしてしまいがちです。でも、生まれつき障がいのある方にとって、それが当たり前だから困っていなかったりもするんですよ。だから「今は諦めているけれど、いつかチャレンジしてみたいこと」を聞いてみる。そこからイノベーティブなアイデアが生まれる可能性があるんです。
以前、ソニーさんとのワークショップでは、視覚障がいのある方からの「息子とキャッチボールしたい」という⾔葉から、音を頼りに仮想のボールを投げ合う「XRキャッチボール」のアイデアが⽣まれました。
グローブ代わりのスマホを手に持ってボールを投げるように腕を振りかぶると、スマホのセンサーが傾きやスピードを感知してボールの動きを音で知らせる。音を頼りにタイミングよくスマホのボタンを押して仮想のボールをキャッチ。 画像:ソニーグループ提供
タキザワさん:高齢者施設で体験いただいたほか、さらに今はムスビ(MUSVI株式会社)が提供する「窓」というテレプレゼンスシステム越しに遠隔でも遊べるようになっています。先日、入院していて外出できないお子さんと、東京ドームにいる巨人の選手とでキャッチボールをしたんですよ。
最初は一人の視覚障がい者の方の想いから始まりましたが、当初の目的を超えて多くの人に楽しんでもらえるものになりました。さまざまな人を巻き込んで仲間を増やしながら社会に浸透していくところも、インクルーシブデザインの大事なポイントだと思います。
インクルーシブな土壌をつくるために
タキザワさんは“出会いの場”のデザインにも取り組んでいるとお聞きしました。
タキザワさん:日本では障がい者と健常者が切り分けられてきた歴史があるため、インクルーシブな社会を実現するためには、良い出会い方ができる場をつくっていくことが重要だと考えています。
最近、小学生が視覚障がいのある方とペアになって、見えない・見えにくい世界を体験するというワークショップを行ったんですが、それがとっても良かったんですよ。
想像以上に盛り上がって、終わった後に「スマホはどうやって使っているんですか?」「お化粧はどうするの?」と、素朴な質問が出たり。彼らにとっては初めて視覚障がい者と出会う機会だったんですが、障がいに対して偏見なく、当たり前のこととして捉えてもらえたように感じました。
ワークショップでは小学生が「ロービジョン体験メガネ」をかけて、ペアになった方の視覚を疑似体験しながら展示を鑑賞。その後、メガネを外してペアの方に展示内容を説明する。画像:PLAYWORKS提供
タキザワさんにとって、インクルーシブデザインに取り組む原動力とは?
タキザワさん:最近は企業に請われて障がい者雇用の社員さんをリードユーザーに育成する研修を行ったり、そういった方たちが活躍できるような組織開発のコンサルティングをしたりすることも増えています。リードユーザーはまだそれほど普及している職種ではないですし、経験がある方も少ないので、ワークショップに参加していく中で自分の価値に気づいて、生き生きとしていく姿がとても印象的でした。
「障がい」と聞くと堅苦しく捉えてしまう方が多いように思いますが、いわば「僕らの知らない世界」の専門家。一緒に活動していると本当に発見ばかりでわくわくして楽しいです。これが伝わるとうれしいですね。
撮影:Hideki Otsuka
今回はソーシャルビジネスの現場から見たインクルーシブデザインの現在をPLAYWORKSのタキザワさんにお聞きしました。インクルーシブデザインはプロダクトやサービスだけでなく、公共空間でも重要な役割を果たします。次回は私たちの暮らしに身近な公園での事例をご紹介します。
タキザワケイタさん
インクルーシブデザイナー
千葉工業大学を卒業後、設計事務所・企画会社・広告代理店を経て、視覚障がい者をはじめとした多様なリードユーザーとの共創からイノベーションを創出する、インクルーシブデザイン・コンサルティングファーム PLAYWORKS株式会社を設立。サービス・製品開発・人材育成・組織開発の伴走支援を行っている。
https://playworks-inclusivedesign.com