埼玉県春日部市の地下には、長さ177m、幅78m、高さ18mに及ぶ巨大な水槽が埋まっているのをご存知でしょうか。首都圏の治水を担う首都圏外郭放水路のメイン施設である調圧水槽です。
調圧水槽への入り口。奥に見える建物は排水と管理を担う庄和排水機場。
近年、公共土木施設(土木インフラ)を観光する「インフラツーリズム」の人気が高まっています。中でも、首都圏を水害から守る首都圏外郭放水路は、国内外から注目を集めるインフラツーリズムの一大拠点。地下神殿とも称される、日本が世界に誇る防災施設を訪ねました。
Photographs: Hideki Otsuka
地下神殿にも例えられる巨大水槽の造形美
埼玉県春日部市の地下には、長さ177m、幅78m、高さ18mに及ぶ巨大な水槽が埋まっているのをご存知でしょうか。首都圏の治水を担う首都圏外郭放水路のメイン施設である調圧水槽です。
調圧水槽への入り口。奥に見える建物は排水と管理を担う庄和排水機場。
調圧水槽への入り口。奥に見える建物は排水と管理を担う庄和排水機場。
「地下神殿」はドラマや映画、MVなどのロケ地としても活用されている。
広場に佇む専用の入り口から116段の階段を降りていくと、コンクリートの柱が林立する地下空間が出現。その光景はどこか荘厳さを感じ、神殿に例えられるのもうなずけます。
「地下神殿」はドラマや映画、MVなどのロケ地としても活用されている。
時期によっては湿度が100%近くとなり、霧がかかって幻想的な光景に。
調圧水槽は洪水を防ぐために、近隣の河川から集まってくる水の勢いを弱めてスムーズに排出できるよう、水圧の調整などを行う設備です。大量の水をいなすために、柱の形状は小判型になっています。
施設稼働後は泥が溜まるため、台風シーズンが終わった頃に重機を使って全面清掃を行っている。
施設稼働後は泥が溜まるため、台風シーズンが終わった頃に重機を使って全面清掃を行っている。
調圧水槽の最奥部へ。水の中を進むと突き当たりに排水のためのインペラ(羽根車)がある。
均等に並ぶ柱の数は59本。天井を支えるだけでなく、1本500tもの重さで、水槽自体が地中の地下水によって浮き上がるのを抑える重石としての役割も果たしています。
調圧水槽の最奥部へ。水の中を進むと突き当たりに排水のためのインペラ(羽根車)がある。
中小河川の水を
大河川に逃す、
治水のメカニズム
豪雨や台風により、中川や倉松川、大落古利根川(おおおとしふるとねがわ)など近隣の中小河川の水位が上昇すると、各河川の堤防に設けられた越流堤の高さを越えた水が自然に流入施設に流れ込みます。
内径約10mの地下トンネルが5つの立坑を結ぶ。
内径約10mの地下トンネルが5つの立坑を結ぶ。
各施設を監視・操作する中央操作室。
流れ込んだ水は国道16号の地下50mに延びる、総延長6.3kmの地下トンネルを通って調圧水槽へ。調圧水槽にある程度溜まったところで、改造した航空機用エンジンで巨大なポンプを動かし、大河川である江戸川に排水します。
各施設を監視・操作する中央操作室。
調圧水槽から望む第一立坑。正面の開口部から調圧水槽へ水が流れ込む。
地下トンネルの間には第一から第五まで5つの立坑があり、水を取り込むほか、管理車両の搬入や換気など、施設の維持管理に活躍。深さ約70m、内径約30mの巨大な円筒状で、スペースシャトルや自由の女神がすっぽり入るほどの大きさです。
第一立坑。見学ツアーでは高さ約70mの作業用通路を歩くことができる。
第一立坑。見学ツアーでは高さ約70mの作業用通路を歩くことができる。
世界最大級の地下
放水路が果たす役割
施設を案内してくれた職員の大山さん。施設稼働時には職員は24時間態勢で待機する。
中川・綾瀬川流域は利根川・江戸川・荒川といった大河川に囲まれ、水が溜まりやすい皿のような低平地になっていて、河川の勾配も緩やか。そのため、かつては一度大雨に見舞われると河川の水位が下がりにくく、洪水や浸水に悩まされていました。
施設を案内してくれた職員の大山さん。施設稼働時には職員は24時間態勢で待機する。
立体地図で見ると、水が溜まりやすい中川・綾瀬川流域の地形が直感的にわかる。
立体地図で見ると、水が溜まりやすい中川・綾瀬川流域の地形が直感的にわかる。
さらに、1950年代後半以降の急速な都市化に伴い、遊水・保水機能を持つ田畑が失われたことで、従来どおりの治水施設の整備だけでは被害を軽減させることは困難な状況でした。
地下トンネルを掘削したシールドマシンの面板が屋外に展示されている。
地下トンネルを掘削したシールドマシンの面板が屋外に展示されている。
江戸川に放水された水はやがて東京湾に流れ出る。
水害に強い街づくりを目指して「中川・綾瀬川総合治水対策」に取り組み、その大きな柱として、1993年3月に首都圏外郭放水路を着工。最先端の土木技術を集結し、およそ13年の歳月をかけて2006年6月に全区画の通水が可能になりました。
江戸川に放水された水はやがて東京湾に流れ出る。
首都圏外郭放水路が水を取り込むのは年平均7回程度。その治水効果は目覚ましく、中川・綾瀬川流域の浸水被害は大幅に軽減されました。見えないところで私たちの暮らしを守る防災施設・首都圏外郭放水路。その構造や役割を深く知れる見学会が定期的に開催されています。ぜひ体感してみてください。
首都圏外郭放水路
所在地:埼玉県春日部市上金崎720
https://gaikaku.jp/